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天津通信

【鍼灸マッサージ師】天津留学通信47 ~初雪だより/治療が3割、養生が7割 とは?~

2015年12月07日

11月下旬の天津は初雪に見舞われました。

天津の初雪

昨年は暖冬と言われており、東京より5℃ほど寒い冬を過ごしましたが、今年は早くも氷点下の日々が続いています。最低気温は-10℃、最高気温も0℃に達しない強烈な冷え込み具合です。北京は-12℃を観測し、1951年から気象観測を始めて以来、1970年に記録した11月の過去最低気温とタイ記録、歴史上最も寒い11月になったと話題になっています。

天津で雪遊びする子どもたち

天津中医薬大学の運動場では積雪に喜ぶ地元の子供たちが雪遊びをし、道端には雪だるまが登場しています。ちなみに、雪だるまは中国語で「雪人」と書き、英語のスノーマンを訳した形になっていることから同じような文化かと思いきや、もはや私たちの思い描く“雪だるま”という概念とは根本的に別物のような気がします。

天津の雪だるま-1

と言いますのも、中国式雪だるま(雪人)は胴体が丸くないのです。ちょうど円錐形の胴体に球体の頭が載る特徴を有しており、そもそも雪を転がし大きくする“雪だるま式”の形成過程を踏まぬようです。鼻は決まってニンジン、襟巻きもしくは帽子を着用するのが主流となっています。

天津の雪だるま-2

もうひとつ余談ですが、天津市は北京市と一体化するという国家プロジェクトがあります。正確には2つの直轄市(北京・天津)の間に位置する河北省を含めた「京津冀一体化計画」と呼ばれ、2004年より構想は存在しますが、昨年から首都圏の発展戦略として本格始動しています。メディアを通じて計画の制定と実施が続々と報じられ、最近は医療に関する一体化計画の話題も聞こえてきます。
背景にあるのは、北京市の切迫した医療事情です。昨年、北京市の病院の総受診者数は2億2900万人、入院患者のうち北京市外の住民の割合は32.6%とのことで、医療資源という非首都機能を市外に分散し中心部への患者の集中を緩和することが狙いです。
具体的には、検査結果の相互承認と画像の共有化、選別医療(トリアージや識別救急と称されるもの)や双方向転院システム、共同献血メカニズムなどの構築を進めています。医療資源を北京と天津で共有し、医療連合体の確立や両市の医師登録管理の一本化にも着手します。
また、少子高齢化社会の問題に直面する中国は、「一人っ子政策」を完全廃止することを決めましたが、併せて今後、北京市内に大規模老人ホームは建設せず、河北省に高齢者介護関連施設が集まったモデル地区を建設し、将来的には医療保険サービスの壁を取り払うようにするとのことです。

天津中医薬大学は今年、国家中医薬管理局の委託事業として“治未病標準化項目制定”の作業を進めています。病気と健康の間に位置する半健康状態、すなわち“亜健康”に対する中医治療の標準化に関する叩き台作りです。西洋医学的な診断では「異常なし」とされても放っておくと深刻な病気を招く状態への医学的介入は、中医学の考え方の根本にある“未病”を治す治療、つまり病気を作らない対処そのものです。
西洋医学は治療を得意としつつも、いわゆる病気にならなければ処方も治療もできませんが、中医学では四診を合参して“亜健康”状態の診断も治療も可能なわけですので、医療の中で中医学の意義と責任をいかに大きく位置付けているかが伺えます。
先の医療一体化計画は2017年までの、本事業は2020年までの国家重点項目となっており、北京・天津の医療に関する動向が気になるところです。

では、前置きが長くなりましたが、今月の病院実習の模様をご報告します。
 
<臨床実習>

病院での実習が始まって3ヶ月が経ちました。中後さんと私は進修生という立場ですが、この利点が徐々に明確になってきましたので、学部生や大学院生との違いに触れてご紹介します。
学部生の臨床実習も大学病院で行われ、私のいる診察室にも5年生が実習をしにきています。学部生は各科をローテーションすることから、1つの診療科を数週間見ると次の診療科に行きます。したがって、付梅先生のもとに来る生徒は続々と入れ替わります。一方、大学院生は授業や研究活動が先に立ち、その合間に指導教員の診察室で勉強するという順序になりますので、毎日診療を見ることはできません。
私ども進修生は、鍼灸推拿がご専門の先生であれば自由に希望でき、ずっと同じ先生につくことも1ヶ月毎に様々な先生を見学することもできます。私は先生を変えずに実習させていただいていますので、先生がご担当される全診療を見ることができています。最近は患者さんの名前を自然と覚えてきまして、患者さんも私の名前を覚えてくれている確率が高くなり、お互い顔を知っているだけでなく名前をしっかり覚えていることで距離が近くなり、よりよい信頼関係を築きながらコミュニケーションをとれています。
東京衛生学園は天津中医薬大学と日本で最も歴史のある深い交流関係から、学部へも大学院へも進学するチャンスがありますが、臨床実習を目的とする点では進修生の立場は密度の濃い学びが多かろうと思います。

さて、付梅先生から要求されるレベルも高まり、患者さんに刺鍼させていただける箇所が大幅に増えてきました。以前は解剖学的に危険の少ない部位や選穴上優先度の高くない経穴に対して、あくまで刺鍼の練習のようなスタンスで打たせて貰えていましたが、現在は例えば環跳、股叉、合谷、後渓、内関、外関、曲池、委中、足三里、陽陵泉、合陽、飛楊、跗陽、三陰交、太衝、そして局所への囲刺・排刺など、明らかに選穴上重要な経穴を任せていただくことが多くなりました。選穴上重要ということは、各経穴で与えるべき得気を求められますので、付梅先生の手技を毎日間近で見させていただいている成果が問われます。
なお、それぞれの経穴に必要な長さや太さの鍼がどれになろうと、すぐ挑戦してみることができ、先生のご指示にとりあえずは応えられる、そんな基礎技術を叩き込んで下さった東京衛生学園の先生方の偉大さは忘れてはなりません。これってホントすごいアドバンテージなのだと痛感しております。周りの学生より中後さんと私は特別に任せていただくものが多いですから、他校の学生より多くの経験をさせていただける機会を得られることは、限られた留学期間において大変有難いことです。心から日々感謝しております。

そんな充実した診療の中で、今月は反関脈の患者さんに出会いました。反関脈は生理的に特異な脈位のことで、橈骨動脈の解剖的位置が先天的に変位しているものです。李中梓(1642)《诊家正眼》に「脉不行于寸口,由列缺络入臂后,手阳明大肠经也。以其不正行于关上,故曰反关。必反其手而诊之,乃可见也。」と記載される通り、橈骨外側で拍動を触れることができました。実際にこのような脈が現れることは少ないと聞きますので、早速診られたことは貴重です。見聞を広めるスピードは患者数の多い中国ならではのメリットかと思います。

ところで、付梅先生のご指導の中で鍼灸が担うべき治療に関するお話がありました。蛇足ながら私の見解を含めてご紹介します。
中医学の考え方で“三分治,七分养”という言葉があります。中医臨床の態度は、「治療が3割、養生が7割」という意味です。なるほど、俗に言われる「生活習慣」や「ストレス」といった都合の良いレトリックを用いて、患者自身が気を付けるべきことが7割を占めるのだという額面通りの解釈では、中医理論を知らない人にとっては鍼灸自体の無力さを宣言し効果への懐疑心を高める標語になりかねませんが、そんなナンセンスな話ではありません(笑)。
鍼灸は数千年という強靭な生命力をもってその科学性と実効性を兼ね備え世界中に普及している医学です。その効果は治療のほか、人体の正気を高めること、すなわち病気への抵抗力を強化できることにありますので、そのことこそが重要だと語っているわけです。
鍼灸によるアプローチとしての「養生」の意味は、何か栄養物を補う「補養」ではなく、体を休めて健康を増進する力を高める「保養」を指します。病院では毎日、不定愁訴の患者さんも定愁訴の患者さんもやってきますから、患者さんが治療を重ねるごとに表情を明るくし健康になっていく姿が良く分かります。つまり、治療と並行した健康管理(養生)をも鍼灸でフォローすることで、心身のバランスをいかに整えているかということです。もちろん薬を併用する場合がありますし、先生のアドバイスを受けて生活習慣等を改善した結果も合わさりますが、鍼灸が「保養」も促す卓越顕著な効果を上げていることは明白です。
実は、現代は中国人の皆さんでも中医離れがあり、一度も鍼灸を受けたことのない方が多いですし、漠然と毛嫌いする方もいらっしゃいます。むろん、中医を取り巻く環境は日本と異なり充実した動機付けに溢れていますし、鍼灸師は西洋医師と同じ立場の医者ですので、鍼灸と縁のなかった方々が受診される確率はそもそも高まります。しかし、そんな中医離れの患者層が足取り重く受診した鍼灸外来の先生から、「あなた自身でストレスを減らすのが治療の7割です」などと言われたら「ムリだから来ているのに…」と、普通に考えたら二度と来なくなるのではないでしょうか。
要するに、鍼灸のアプローチはそんな曖昧なものではなく、第一選択療法となり得る病気や未病が現実にあるから鍼灸をやらざるを得ないのです。ちなみに、付梅先生の診察費は8.5元(約160円)とお手頃で、かつ清潔感のある女性の先生ですので、初めて鍼灸治療を受ける方や10代から30代の若い女性がこぞって訪れます。どの患者さんも最終的には鍼灸に対して高い満足度と信頼感を持ち回復していく姿を見ますと、鍼灸が担うべき治療の深遠さと鍼灸学というものの医学的価値の大きさを感ぜずにはいられません。
 
最後に写真をもう1枚、街中の巨大な氷柱をお届けし今月のレポートを終えます。
 
天津の氷柱
上柿拓真